日本とダーウィンの意外な繋がり

2012-10-12 18:55:44.0

日本ではあまり知られていませんが、 第二次世界単線中、日本軍がオーストラリアのダーウィンを襲撃した話はオーストラリアではこれまたあまり知られていない話です。

映画「オーストラリア」でも、日本軍による攻撃により町が破壊されるなど戦争の様子を描いています。

日本軍の攻撃は約2年間で64回に及びます。

そのダーウィンで、空爆ツアーに参加する事ができ、オーストラリアからの視点と言うよりはむりそ、史実を客観的に感じ、学ぶことが出来ます。

ツアーガイドはオーストラリア人ですが、 日本を全く敵視せずに案内してくれることも嬉しいです。

「日本軍が病院船を攻撃しましたが、その隣に軍艦があったため、 巻き添えを食っただけであり、日本軍のパイロットは軍の施設以外は攻撃するなと命令されていたらしい」など客観的に語ってくれます。

ダーウィンを訪れた際には参加してみても面白いと思います。

余談ですが、 シドニーやNSW州に住んでいる人であれば、カウラが有名です。

カウラには、戦時中の捕虜収容所があり、各国の捕虜の中に日本軍も捕虜として捕えられていました。 捕虜としての待遇はよく他の国の捕虜たちは野球をしたり楽しく過ごしていたようですが、「捕虜は恥」と信じていた日本軍が脱走を試み惨劇になったという歴史があります。

オーストラリアに来てみないと分からない歴史を感じ、 また違った考え方で両国の在り方などを考えられるいい機会になると思います。