名前:みこ
学校名:Greenwich メルボルン校
受講コース:一般英語、ケンブリッジ検定コース
通学週数:17週間
ビザの種類:ワーキングホリデービザ
社会人4年目にしてやっと掴んだ長期留学のチャンス
私の親が国際結婚のち離婚という複雑な環境で育ちました。外資企業で働いてた母はバイリンガルに育てようと家庭内で英語と日本語の2カ国語で話したり、アメリカ人の同僚を家に招いたり英語の関わりが多かった幼少期でした。
しかし、当時のわたしの教育現場から英語と日本語の二つの言語で教育する事が許されなかったため、十分に英語を身につけることができませんでした。
そのため、日常生活で悔しい思いをたくさん経験しました。一番は就職活動のときに第一志望だった会社の面接で英語力を指摘された事です。
大学の専攻も自分の意思で決められなかった家庭環境だったため、教育学部に進み、忙しい毎日の中でお金を貯めて1ヶ月イギリスに留学がわたしの学生時代の精一杯のもがきでした。
そんな私のやっと掴んだ長期間の留学のチャンスは成人になってからです。約4年社会人を経験し、区切りのいいタイミングの時期に、ふとワーホリで英語力を伸ばして趣味である旅行もしたいと思い、2日後にエージェントを決めて年内に出発を目標に仕事を掛け持ちし始めました。
イギリスやカナダと比較した結果、オーストラリアでのワーキングホリデーを決意
オーストラリアを選んだ理由は、イギリスのワーキングホリデー抽選に一度落ちたというのと、オーストラリアとカナダを比較したときに、海水浴のできるビーチがたくさんあり、海を含む自然に囲まれていて、日本に近く時差も少ない。物価は高いが、その分、お給料が高いということ。
また、もし1年のワーキングホリデーで満足が行かなかった場合はファーム、ファクトリーで働けばセカンド、サードと滞在できる期間を2〜3年と増やせるということ。その分ハードワークをしないといけないですが。
母が外国籍の父と出会ったのがオーストラリアというのもあって、母のその当時の知り合い、友達はもちろん、また兄弟の友達もオーストラリアに住んでいた安心感と、私の周りでオーストラリアとカナダとイギリスのワーホリに行った友達がいたので比較して決めました。
留学したことで意見を伝えることの重要性に気づきました
まだオーストラリアにいて帰国はしていない状況です。英語を話す事が生活していて不可欠なので、強制的にわからない単語、知らなかった単語を調べよう、覚えようとする事が当たり前になってくるので、英語を勉強する事が苦に感じない事です。身近で使うからこそやる気が起きます!!
あと他の国籍の人たちは自分の意思をしっかり持っていて、いい点も悪い点もちゃんと主張すること。それが何よりも自分との差と思いました。主張をしていける子がなんでも成功するということ。
意見や決断がはっきりしない、人に合わせてしまうって言うのが日本人に多い特徴で私もその1人とすごく感じました。揉め事、トラブルを回避するために自分が我慢する、言わないで解決できるならそれでいいっていうスタンスで生活してるとやっぱり得しない事がわかりました。
最初のホストファミリーとは合わずに苦労
初回のホストファミリーはとにかく辛かったです。前に住んでた日本人の学生と毎回比較されるのと、カントリーサイドは本当に街灯がなく帰宅時がとても怖かった事。
毎日ホストマザーがハウスルールを変えていくという事。なんでルールを変えたのか理由も知らずまた変わったことすら教えてくれなかったので、ひたすら理解できないまま2時間の説教されたときは泣いてしまいました。
ホストファミリー文化がない日本と違い、収入目的で行っているホストファミリーも多く外れに当たるとやっぱりひどい扱いされるって思いました。あとは、英語がまだまだ話せないとネイティブの人と話すときにすぐにもういいよと話し続ける事、会話自体を諦められてしまうときにとても苦労しました。
日本の辞書に載っていない単語や文法もあり、オーストラリア留学の意義を実感
日本で英語を学ぶよりも断然効率が良いです。ネイティブのよく使うワードや表現は日本語の辞書ではわかりません。ゲーム感覚で英語を覚える授業も多いので、すぐに友達ができました。
Grammerは中高で学んだことを覚えていたので、うっすら記憶にある復習感覚で学べるときもありましたが、詳しい文法の理由などはこっちで学んで初めて知ったことも多くありました。
また、自分が疑問に思ったことの質問も英語で聞かないといけないのでこの質問ですら、先生にどうやって質問したらいいのか毎回聞いていました。
また毎週月曜日に新しい生徒が増え、木曜に卒業や別のクラスに移動する生徒がいて入れ替わりが激しく、人脈も増え自分も上のクラスに上がりたいという刺激にもなりました。
毎週金曜日のアクティビティではクラス以外の友達ができました
毎週金曜日は、任意で、野外授業やBBQなどのアクティビティーを含む週替わりの遠足か、Grammer授業か、Speaking授業か、学校に来ずにバイトをするか、各自選べました。入学当初は友達も少なく、観光もそんなにできていなかったので、遠足を選んでました。
無制限ボードゲームカフェやBBQ、ブッシュファイヤー支援の動物の赤ちゃんのポケット作りなど毎週違ったアクティビティができ、クラス以外の友達を作る事ができました。金曜日以外にも放課後にスピーキングクラブが毎週2〜4回あったり、オーストラリア映画を見れたりできます。
私が一番印象に残ってるアクティビティは木曜日のテスト終わりに、みんながそれぞれ作った、買ってきた自分の国の伝統料理またはお菓子をシェアするパーティーです。とにかくみんな盛り上がってバイキング形式でとっても楽しかったです。
日本語を話していてもふと英語の表現が思い浮かぶくらいに英語力が向上
英語力は確実に伸びています。学校のはじめは、先生に質問する事すら出来ませんでした。何よりも発音や文法が間違える事が怖く言葉を発することができない、言い直そうとして吃ってしまったり。けれども、先生に質問の仕方を聞いたり、他の子の質問の仕方を真似するようになってからだんだんと自信もついてきました。
一番自分で成長を実感できる瞬間は、友達と話してる時や日本語を話してる時でさえ、ふと頭に言いたい英語の表現が思い浮かぶ時です。
授業で知った新しい単語を逃さずメモして、映画も単語や表現をメモして繰り返し書いて発して覚えるようにしています。ボキャブラリーを増やしていくだけで一気に変わると思いました。
こっちにきて毎日必ず英語を話すので、日本にいるよりももっと友達と話したいなどといった英語を覚えようとするきっかけがたくさん見つかるので、勉強することの楽しさも感じています。
日本にいる時は、外国人と話すだけで冷や汗が出るほどの英語を発するのに勇気がいりました。なによりも、学校にいるさまざまな国のクラスメイトとたくさん話す事で緊張も解け日本人の友達とも英語で話すようにしています。また、
辞書を引けないシチュエーションのときも、わからない単語をわかる子にしつこく聞くという意識で、新しい学びを逃さない事も英語が伸ばす秘訣だと感じます。
日本人担当者がいたため、コロナ禍の心配事もすぐに解決できました
Greenwichの先生は、私の担任になった先生2人ですがどちらもとても優しくて教え方も上手で当たりでした。一つ一つ丁寧に教えてくれて、たくさん褒めてくれました。
ずっと同じクラスにいるのはやはり自分の英語が伸びていないという事とも感じるので出来る限り上のクラス、別の資格対策のクラスに変わる方がいいと思いました。
金曜日クラスや放課後のスピーキングクラブを体験していろんな先生と関わりましたが、わかりにくい先生や、母国語のなまりが強い英語だったり、先生の差はやはり感じられました。
日本人の担当者がいるのはとても心強かったです。主に英語で話すのですが、複雑な内容などに関しては予約を取って日本語で相談もできます。コロナの時期とかぶったため不安事をすぐに解決できました。
クラスメートはみんなフレンドリーですぐに友達ができました
アジア人と南米人がかなり多かったのですが、みんなフレンドリーです。普段日本にいて外国人と接する機会なんてほんと少なく、はじめは隣の席前の席に外国人がいることだけで少し緊張して話しかけるのも自分からは気が進まない思いがありましたが、周りはとにかくそんな壁全くなくガンガン話しかけてきます。ただ昼休みと学校終わりになると即座に教室から出ていきます。
初めのクラスは、6人机が3つあり、いつもどこの席でも自由に座っていい席の形でグループ固まりやすいですが、毎日席を変えればいろんな子と話せて自分と気が合う子を見つけられると思います。
私はコロンビア人の2人、タイ人と台湾人の女の子と特に仲が良かったです。英語がすぐに上達しなくてもよく笑う、頑張って話そうとする、お菓子を配る子は友達が増えます!
留学先はメルボルンでしたが、学校前にパースとシドニーに1人旅行
12月にオーストラリアに入り、クリスマスホリデーもあって1月のメルボルンの学校が始まるまでに約2週間パースとシドニーを先に1人で旅行しました。
パースの印象は田舎ですが、駅の周辺は十分に賑わっていて、ビーチやマーケットまでは電車で30分。少し離れてますがまた違う活気がありました。バッパーの近くや駅の近くをぶらぶらするよりも電車でビーチまでいってぼーっとする方が自分はリラックスできました。
しかし、一つだけ言えるのがドラッグ中毒の人たちが朝から深夜まで24時間町中うろうろしてることが怖かったです。日中は人通りもあるので特に平気でしたが、到着して2日目に自分の焼いたソーセージで食中毒になり、病院に行って朝3時に診察が終わりバッパーに帰る時は恐怖でもうダッシュしました。
2件目のホストファミリーはとても良く、週末に別荘にも連れて行ってくれました
1カ所目のホストファミリー(シティから電車で1時間半)は本当に辛く滞在1週間で移動しました。
2カ所目はシティから30分のところにかわり、そちらはとてもよかったです。私の他に3人studentが滞在してて、ファザーはオージー、マザーはタイ人で、student同士仲良くなれるのとそのうちの2人がこっちの大学に通ってる留学生で英語が流暢で刺激にもなりました。
ファミリーがセカンドハウスを持っててフィリップアイランドのセカンドハウスに週末連れて行ってくれたのがいい思い出です。そして何よりマザーのご飯が美味しかったということ。毎日わたしだけ夜ご飯を3人分は食べてました。
ただ、掃除が苦手な家だったので掃除機も壊れてて掃除ができず、ネズミが部屋にでたり、ありの行列が毎日ダイニングテーブルで見ることもありました。
違法な職場もあるので、契約前にはホストファミリーや学校にも相談しましょう
簡単に仕事が見つかると思っていましたが、意外とインタビュー、トライアルにたどり着くまでが大変でした。ほとんどの日本食レストランが中国人や韓国人経営で中国語か韓国語話せないと雇ってもらえないところや、イリーガルなところもたくさんありました。
レジュメ15件配ってインタビューとトライアルまで行けたのが4件、そのうち採用もらえたのが3件、実際に働いたのが2件。
トライアルの仕組みが知らなかったのと、早く仕事につきたい思いで悪条件で就労契約をしてしまうと散々な扱いをされると学びました。
わたしが採用をもらって働かなかった日本食レストランは、インタビューを呼ばれる時点でレストランの名前も自分の名前を名乗らずに急にメッセージが入り、「仕事を探してるのか?面接これるか?」と呼び出され指定されたレストランに行きました。そこは私がレジュメを配っていない店で、トライアル3日5時間ずつ働いてもらって無給4日目からお給料が出ると言われました。ホストファミリーと先生に相談して悪徳と知り断りました。
英語力だけではなく、内面も磨いて成長していきたい
こっちに来る前は英語力を上げるということしか頭になく明確な目標はできていませんでした。また今もこれがやりたい!と言えるはっきりとした目標はたててません。しかし、英語は必ず活かした仕事につくことを目標にしてます。
機会があれば就職活動中に英語スキルが理由で不採用になった第一志望の広告会社に再リベンジしたいです。あとは自分自身を磨きたいです。
親も長年付き合ってた友達も今は近くにいない環境で、全て自分の意思決定が必要で自分で乗り切らないといけない自分を成長させるチャンス。英語面だけではなく、社交性や積極性、適応能力もあげたいと思っています。
こっちに来て、いろんな国の人たちと出会って、今まで気づかなかった日本人の習慣や性格、文化の良さも気づかされました。これを全世界に発信できるような仕事がしたいです!
コロナ禍の影響もあるため生活費には余裕を持つべき
私は衝動的にワーホリを閃いて半年後に出発してしまいましたが、コロナのこともあって、私は無事にコロナが流行る前にこっちにこれたのは幸運だと思ってますがお金はもっと貯金しておいた方が良かったと後悔しています。バイトがいつからできるかも確証がないので、生活費をできる限り確保しておく。やはり物価は高いです。
私はシドニーとメルボルンで迷ってメルボルンにしました。シドニーはシティからすぐ近くにビーチがあってロマンチックな夜景もあって、気候も温暖で湿気はありますがついついメルボルンと比較して後悔する時がありますが、メルボルンはシティ内無料トラムが走ってて毎週のように公園でフェスティバルやっていて、少し離れたセントキルダでは野生ペンギンが見れてと、都市によって利点と欠点があります。
どこが自分にあってるのか、ワーホリだったら学校が終われば移動は自由です。学生ビザの子は十分にどこが自分に住みやすいのか考えた方がいいと思います。
ラララオーストラリアの良かった点はオンラインで準備を完結できたこと
ラララオーストラリアの良かった点は、日本にいる時点でオフィスに行かなくても質問ができて疑問や不安が解けたということ。ワーキングホリデーのために、仕事を掛け持ちしていて特に時間がなかった私はオーストラリアの事務的準備する時間をあまり取れませんでした。
なので、ラインや、ライン電話でオーストラリアの特徴や学校の比較をできたのが利点だと思います。ただ常に忙しい私はオンラインで連絡がとれるのが一番手っ取り早かったです。電話する時間も自分に合わせた時間で対応してくれるのが大きかったです。